スイスで留学中の私が台湾で隔離されるまで

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コロナウィルスのため、スイスの大学で授業ができなくなった。生徒はみんな家に帰るように命じられ、留学生は自分の国に帰っても良いと言われた。そして、私は急遽台湾に帰ることになり、自宅隔離をすることになった。

スイスを離れる

3/12木曜日の時点では、スイスの感染者数が800人を超えていた。

アメリカの大学や、私の州にある他の2つの大学やは学校での授業が停止した。私の学校も、おそらくもうすぐそうなるだろうとみんな予想していた。

3/13の金曜日の午後、スイス政府が全ての学校の授業停止を発表した。その後まもなく、学校からも学校が休みになるというメールが届いた。

そのことを親に伝えた2時間後に父から、台湾に帰ることを言われた。それと一緒に次の日の午後2時の飛行機のチケットも送られてきた。

え??明日?

「今は緊急事態だ。」

でも急すぎない?明後日じゃダメ?

私はまだそこまでの危機感を持っていなかったから、急に帰ることを言われてすごく戸惑った。

「帰れるときに帰った方がいい。」

そう言われて、やっとスイスの状況を少しだけ飲み込めた。

そっか… 帰らないといけないのか…

たくさん食べ物をストックして、買い物に行く頻度を減らせば、スイスで乗り越えられると思っていた。でも、急に台湾に帰るなんて… しかも明日…。

私は、数日前から徐々に買い込んでいた大量の食べ物をどうするか考えながら、しぶしぶとパッキングを始めた。

飛行機が飛び立つで21時間もなかったから、パッキングは大変だった。特に困ったのは、数日に渡って買い込んでいた食料をどうするかだった。

賞味期限や消費期限が5月の食料大量な食材を見ながら、どうするか悩んでいた。

今学期はまだ始まって1ヶ月しかたっていない、そして、学校が5月より前に始まることは絶対にない、だからと言って5月に始まるという保証もない。

今学期学校に戻ってこれるかもわからない。この先どうなるか、全く予想ができなかった。

でも、戻ってこれない可能性もあったため、結局自分の持ち物を段ボール3つに詰めてから台湾に戻ることにした。

いざ、飛行機に乗る

私がアジアに戻りたくなかった理由の1つに、飛行機に乗りたくなかったというのがあった。

ヨーロッパからアジアだと、10時間以上飛行機に乗らなくてはいけない。しかも、乗り継ぎもあるから二回は乗らないといけない。

飛行機は、長時間密閉空間に大人数で乗るため、感染率は電車やバスの100倍あると聞いていた。当時はそのリスクを取りたくなかった。

台湾に帰る飛行機で、感染しちゃったら、なんのために帰るのかわからなくなってしまうからだ。

でも今は状況が変わった。

学校は休みになるし、スイスも鎖国すると言う噂が流れている。もし、スイスが本当に鎖国したら、アジアに戻れなくなる。飛行機も飛ばなくなるかもしれない、スイスでいつ混乱が起こるかもわからない。

家族が上海に住んでいて、中国のいろんな都市が次々と封鎖されて行くのを見ていた私は、スイスも同じようになるかもしれないと考えた。

アジアに戻るために、そのリスクを取らないといけない。でももちろん、飛行機に乗るときにできることはしたい。だから、台湾人の友達に言われていた3つのことを気をつけようと思った:

  1. ウェットティッシュか消毒液で常に手を消毒する
  2. マスクを絶対に外さない
  3. 飛行機ではものを食べない

この3つさえ守れば、リスクは少しは減るはず。

ドバイから台湾へ

スイスの空港と違い、トランスファーしたドバイの空港でマスクをしている人は格段に多かった。

ドバイから台湾行きの飛行機では、マスクをしている人たちがさらに多かった。多分、8割くらいの人はマスクをしていたと思う。

飛行機では、台湾人の意識の高さが目立っていた

飛行機に乗ってすぐに、消毒液やウエットティッシュを取り出して、自分の手、スクリーンやイスの手すりなどを消毒していた人たちが、たくさんいた。

一瞬、飛行機が消毒液の匂いでいっぱいになった瞬間があった。

なんだか不思議な経験だった。

台湾に到着

私がスイスを離れることを決めた金曜日の時点では、ヨーロッパから戻っても、自宅隔離はしなくてもよかった

でも、日曜日からは、ヨーロッパから帰ってきたら、自宅隔離をしないといけなくなっていた。だから私は、自宅隔離のための紙を飛行機で渡された。

台湾の自宅隔離のステップは大きく分けると4つだった。

  1. 自宅隔離の書類に電話番号や住所を記入する。台湾の携帯がある場合は携帯でできる(携帯のSIMを追跡するらしい)
  2. 空港で電話してチェック
  3. 一日二回、健康チェックの電話がかかってくる。
  4. 家に食べ物やマスクを届けてくれる。私は、インスタントヌードルをもらいました。

隔離中に家を出たら、最高100万元の罰金が課せられる。

実際の隔離生活

私は家族が高齢の祖父母と住んでいたため、いとこの家に泊めてもらった。そのいとこも、私が戻る2日前に海外から台湾に戻ってきたばかりだったから、一緒に隔離生活を送れて、ラッキーだった。

家に14日間もずっといるため、時間がたっぷりあることになる。だからこそ、ダラダラ過ごすのではなく、ちゃんと1日1日何をするか決めておくのが重要だと思った。

毎日できるだけ、前日に計画をしておいたことをするようにしたら、だいぶ気持ちは楽になった。

学生たちはどうしてる?

学校が全ての生徒に家に帰ることを求めたため、私の友達も少数のスイスに残った人を除いてみんな自分の国に戻った

私は、いとこの家に泊まらせてもらったけど、祖父母と一緒に住んでいる友達は、完全に自分の部屋で隔離をしていた。

この前ビデオチャットをしたら、みんな元気そうだった。大変なのは、アジアの国だとスイスと6時間の時差があるため、大学のオンライン教育を受ける際、午後5時の授業などは夜11時に始まることだと言っていた。

最後に

今回、こんなことになるなんて誰も予想していなかった。学校に行って1ヶ月で自分の国に帰るように言い渡されるなんて思っていなかった。

でも、アジアに戻ってきた今は、できるだけ家でできることをして、この時間を有意義なものにしたいと思う。

今、世界中で大変な思いをしてる人も多いと思うけど、早く収束してくれることを願うばかりだ。

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