台湾で一泊二日で登山してきた!【水漾森林】

台湾は山に囲まれていて、いつか登山ができたらなーとずっと思っていたのですが、やっと実現できました!

小学生の時からの友達が、一人で登山ツアーに参加してすごく楽しかったと言っていたので、一緒に行ってみることになりました!!

本当は奇萊南華に登りたかったのですが、もう人数が全て埋まっていたので、南投の水漾森林に行くことにしました。

登山は好きで、日本でもヨーロッパでも山に登ったりはしていましたが、自分で全ての持ち物を背負って、山のテントで一泊するのは初めてだったので、すごくドキドキしました。

登山の最初に説明を聞いているところ
登山開始!

昼食を食べ終わって、1時間くらいするとものすごい雨が降ってきて、4時半に到着するはずが、1時間遅れて5:30到着しました。

着いたらテントが張ってあった
夕焼け
晩御飯の列
スープ、ご飯と野菜や肉が七種類も!
ヴィーガンやベジタリアンでも全然大丈夫。
自分のお皿に盛って食べる
星が本当に綺麗でした!
夜の12時まで起きていたら銀河が見れたらしいです
朝の風景

元々は森でたくさん木が生えていたらしいけど、水路が変わるにつれ、ここ一帯は水が増えて、元からあった木が枯れてしまって今の状態になったそう。

みんなの荷物
干している服
朝食はお粥と「饅頭」
今回は女性が多く、男性が二人しかいませんでした

帰ってきた次の日は疲れてずっと寝ちゃいましたが、初めての台湾での登山はすごく楽しかったです!

今回は台灣368というところで申し込みました。

体験入学で私が戸惑ったこと7選

私は小学生の頃、中国の現地の学校に通っていましたが、毎年夏休みと冬休みの期間だけ日本の小学校に体験入学に通いました。

体験入学の経験についてはこちらのブログで書いています。

今回は、体験入学で私が戸惑ったことをご紹介したいと思います。

散々だった漢字のテスト

中国の学校に通っていた子供にとって、日本の漢字のテストは楽勝なんじゃないかって思いますよね?

実は、中国の漢字と日本の漢字は結構違うんです。

例えば、骨という文字。日本語と中国語では漢字が違います。

違いはお分かりでしょうか。

這10個日文漢字,90%學日語的人都會寫錯! - 每日頭條
右が中国語、左が日本語の「骨」

骨の中の3画目が左右逆なんです。

他にも、

春のはらうところが若干違います
中国では黒という漢字の中は点を書きます
中国では角という字は下まで伸びます。
日本語は目と書きます
点と棒の違い
作文で「今日」って書いただけでバツをつけられました…

」と「

日本語では右上がムで簡体字では上が口です。

中国大陸では、簡体字という漢字が使われています。台湾や香港などでは、繁体字が使われています。どちらも、日本で使われている漢字と少し違います。

日本と中国の漢字の違い、書き順の違い、送り仮名や読み方など、意外と漢字のテストには苦戦しました。

上の写真でもお分かりのように、常用漢字でも本当に少しの違いがあったりします。なので作文を書くと、漢字を直されてばかりでした。

中国ではどれも合ってるのに…! と心の中では思っていましたが、それを言ってもなんだか負け犬の遠吠えな気がしていちいち言いませんでした。

ただ、漢字自体には馴染みはあったので、日本語で読み方がわからない漢字があっても、意味はだいたい理解できました。なので、他の教科ではあまり困りませんでした。

チェックの意味が違う

日本では、正解した時に丸、間違えた時にチェックをつけますが、中国では、正しい時にチェック、間違えているところを先生が指摘したい時に丸で囲まれることが多かったです。

写真はイメージです
画像引用: http://umesakura.jp/20070412231308.html

ですので、間違えだらけのテストが帰ってきても、あまりショックを受けませんでした(笑)。これが逆にポジティブでいられた理由かなと今は思います。

九九を半分しか覚えない

日本では、9×9を覚えますが、中国では小さい数字x大きい数字だけを覚えます。

なので、半分の九九しか覚えません。どういうことかというと、9×3の場合、も3×9 の場合も両方 3×9 なので、3×9だけを覚えます。

日本で8x3は24って聞いた時にはちょっとビックリしました。

書道ができない

小学校の書道
画像引用: http://umesakura.jp/20070412231308.html

私の通っていた中国の学校には書道の授業がなかったので、日本の学校でするのが初めてでした。

みんな学年が上がるごとに上手くなっていっていましたが、高学年になると、レベルの差がすごく開いていきました。

6年生の時の習字のクラスで書いた字は本当に私がダントツ下手くそでちょっと恥ずかしかったです。

冬なのに半袖短パン?!

写真はイメージです

日本の学校では、冬でも体育の授業では半袖短パンが必要でした。

授業から、外に行くまでの間は、パーカーなど着ても大丈夫でしたが、運動をする時には脱ぐことを求められました。

これには本当にびっくりして、最初の時はあまり慣れなかったです。

みんな字が綺麗、絵が上手

日本で毎回ビックリしていたことは、みんなの字の綺麗さと、絵の上手さです。

ここは、さすが漫画とアニメ大国といっていいと思います。

ランドセルを自分で背負う

中国では、授業の教科書が分厚いこともあって、小学1年生から重いカバンを持つことになります。

日本とは違って、登校と下校は親のお迎えが必要です。

登校時間は少し時間にばらつきがありますが、下校時間になると、大勢の親が自分の子供を迎えに学校の門の前で群がっています。毎日が空港の到着ロビーのようです。

親が子供を迎える様子

重い物を子供に持たせると、身長が伸びなくことの恐れと、持たせるのが可哀想という考え方の元、子供の荷物は親が迎えにきている場合は、親が待つことがほとんどでした。

一度、母が私に背負わせたまま帰ろうとすると、「何あんた子供に重いカバンを持たせて!ダメでしょ!」と叱られてしまったことがあるそうです。

親が子供のカバンを持っている様子

なので、親にカバンを持ってもらうことに慣れていた私は、体験入学の初めて一人で登校する最初の日やってしまいました。

母に「いってらっしゃい」と言われると、「はい」といって母にカバンを渡してしまいました(笑)

最後に

いかがでしたでしょうか。共感を得られましたでしょうか。

日本と中国では、言語も文化も全然違うため、戸惑うことが少なからずありました。

最初に書いた漢字については、常用漢字でも違いがすごく多かったため、真っ赤な作文用紙が返ってくるたびに、凹んでいました。

それも、今考えると良い経験です。

一部の写真はこちらのサイトから引用しました:

https://kknews.cc/culture/mpvq559.html

12回日本の小学校に体験入学した私の体験談

体験入学とは?

体験入学とは、海外在住の子供が現地の学校の長期休みを利用して、一時帰国中に日本の小学校に通い、その生活を体験することです。

私は当時中国の現地校に通っていたので、夏休みと春節休みの期間を使って体験入学をしました。

1年生から6年生まで1年に2回通ったので合計12回通いました。回数はかなり多い方だと思います。

実は、小学校に通う前も、日本の幼稚園に体験入学で通ったことがあったので、小学校が初めてではありませんでした。

体験入学をした理由

中国の学校に通っていて、日本人が周りにあまりいない環境で育ったので、親が日本のことをもっと知って欲しいという思いで、学校に通うことになりました。

中国と日本では文化が違い、学校生活で経験できることが全然違います。私の両親は、体験入学を通して私に日本の礼儀、しつけ、習慣の違いを少しでも学んで欲しかったのです。

それ以外にも、私の中国で通っていた現地校があまりにも大変だったため、勉強だけじゃない楽しい時間を過ごせる子供時代を経験するために日本の学校に通いました。

毎年二回、合計12回も体験入学をした理由は、それぞれの学年で学べるものが違うからということでした。低学年には低学年の楽しさがあり、高学年には高学年の楽しさがありました。

色々と書きましたが、結局のところは母が友達に勧められたからというのが大きかったと思います笑。口コミの強さですね。

中国の学校と日本の学校は全然違う!

中国の現地校から日本の公立の学校にいくと、いろんなことが違っていました。

写真はイメージです

1. 一科目しか教えない先生vs全教科を教える先生

中国では、小学校でも中学や高校と同じように、先生は科目ごとに分かれていました。ですが、日本の学校では一人の担任の先生が全科目を教えていたことが最初のショックでした。

算数の先生が国語も体育も教えていて、本気でスーパーマンかと思いました。日本の小学校に通って、それが普通だと思っている方は、高校の物理の先生が日本史も教えていることを想像してみてください。それが私が受けた衝撃の大きさです(笑)

中国では、先生は1科目しか見ないので、生徒の学力だけをメインに評価していました。それに比べて日本の先生は、全科目を見て、休み時間も一緒に過ごしたりすることによって、生徒の学力だけでなく、人間関係なども全方位から理解することができると思いました。

ただ、そこまで求められる日本の小学校の先生は本当にスーパーヒーローだと今でも思っています。

2. 絶対的な先生 vs 一緒に遊んでくれる先生

中国で通っていた現地校で先生は絶対的な存在でした。一年生の時の先生はもう本当に鬼のような先生で、怒っていない時間の方が少なかったです。勉強が一番重要視されていたので、それ以外のことを学校でした記憶があまりありません。

日本に来ると、先生の楽しさにびっくりしました。授業中たくさん笑わせてくれるし、休み時間になると一緒に遊んでくれる、友達のような先生がいるということにショックを受けました。

私が思い出深いのは、冬のある雪の日、みんなで20分休みに雪合戦をした時です。

みんな先生が大好きだったので、真っ先に先生を狙っていました(笑)。あるヤンチャな男の子は、雪のボールをこっそり先生のズボンのポケットに入れていて、教室に戻ると先生のズボンがびちょびちょになっていました。流石に先生はその時は怒っていましたが、そのあとまた一緒に遊んでくれました。

そんなことをすると中国の学校では死ぬほど怒られるなと思い、ちょっと私はビクビクしていました。

3. 学んだことのないことがたくさん!

日本の学校で、たくさん初めての経験ができました。習字の授業で書道をしたり、家庭科で縫い物をしたり、音楽でみんなで一緒に合唱をしたり… 新しいことを挑戦するたびにドキドキしました。

当時私が通っていた中国の学校では、学校=勉強する場所という考え方が強かったので、国語、算数、英語の授業以外は割と軽視されていました。

国語の授業が授業時間内に終わらなかった場合、休み時間やその次の音楽や体育の授業がそのまま潰されて国語の授業になることがすごく多かったです。

音楽の先生が教室に入ってきても、国語の先生が「ごめんね、音楽の先生、国語の授業が終わってないの」というと音楽の先生は「わかった」と言って教室を出て行ったりしていました。

なので、ちゃんと授業が受けられる音楽、美術や体育の授業が本当に楽しかったです。

4. 日直がいる

日本では、日替わりの日直が、授業が始まるときに「起立、着席」と言ったり、給食の献立を読んだりしますが、私の通っていた中国の学校に日直はいませんでした。

5. 給食の時間

お昼の時間は毎日の楽しみでした。日本で食べた給食は、本当に美味しかったです。あとから知りましたが、私の行った学校には、すごく熱意のある給食のおばちゃんたちのチームがいて、出汁は天然素材を使ったものしか使わなかったり、肉饅も全て手作りで冷凍のものは出さないなど色々とこだわりがあったそうです。なので、いま思い返してもめちゃくちゃ美味しかったです。 

給食を食べるときに、すごく楽しい班になると、本当に面白い人たちがいたりして、食事中ずっと爆笑したりしていました。掃除の時間の鐘がなって、みんな慌ててご飯を頬張ったりしたのも、良い思い出です。

中国の学校では、日本と同じように教室で給食を食べていましたが、食事中は静けさを求められました。席も一人一列でみんな離れて座っていたので、みんなでワイワイ食べるという感じではありませんでした。少し話し声がうるさかったりするとすぐ、先生に「静かにしなさい!食事中でしょ!」と怒られました。なので、日本の学校で給食の時みんなでワイワイするのは最初はちょっとカルチャーショックでした。

給食の時間

6. 掃除をみんなでする

掃除を自分たちでしないといけないのも驚きでした。中国では、専門の清掃員がいます。なので、学生は掃除をすることがあまりありません。

日本の掃除の時間では掃除の楽しみを知りました。みんなが嫌がる雑巾掛けも、じゃんけんで負けてすることになっても、私にとっては貴重な体験だったので全然苦ではありませんでした。

7. みんな薄着

中国の子供達と比べて、日本の子供達は冬でも薄着です。私は中国にいた頃、冬には分厚いダウンの中に3枚くらい薄着を着込む時もありました。みんな冬には3,4枚重ね着をしたりしていました。

日本に来ると、寒いのにみんな長袖2枚で過ごしたりしていてショックを受けました。中には雪の日にも短パンとタンクトップで学校にくる男の子もいました。中国でそれをしたら、学校にたどり着く前にたくさんのお節介おばさんにもっと服を着なさい!と怒られると思います。笑

ただ、その男の子は次の日熱を出して学校を休んでいました笑

8. 席替えがくじ引き

日本の学校でもしかしたら一番びっくりしたことがくじ引きでの席替えでした。

くじ引きで席を決めるって、公平「すぎる」ので、席替えがそんなに公平でいいのか!というショックでした。

私が通っていた中国の学校では、席は先生が決めていました。なので私はそれがずっと当たり前だと思っていました。大体、最初に背の低い子と視力の悪い子は前に座らせられて、それ以外の人たちが真ん中と後ろに座らせられていました。

途中で授業中うるさかったりすると、先生が席替えをさせて、二人は離れ離れになったりしていました。日本に行く前はずっと席を決めることも先生の仕事のうちだと思っていました。

9. 校歌を歌うvs 国歌を歌う

中国の学校では、毎朝朝礼の時に中国の国歌を歌っていました。日本の学校では国歌ではなく校歌を歌うと知った時にはちょっと驚きました。

楽しかったこと

日本の学校に通っていて、楽しいことは本当にたくさんありました。私が当時通っていた、中国の現地校は勉強にしか関心がなかったので、学校で楽しい思い出があまりありませんでした。とにかく、勉強をさせられていた記憶しかありません。(笑)

でも、日本の学校に行くと、でみんなで給食を食べたり、休み時間遊んだり、書道など本当にたくさんの経験ができたことが何よりも楽しかったです。

日本の学校に行って、日本人の友達を作れたことも自分の日本語力にすごく自信が持てるようになりました。

大変だったこと

もちろん、体験入学は楽しいことばかりではありません。大変なこともたくさんありました。

1. できないことだらけ

みんなが通っている学校に突然入ることになるので、全てにおいて出遅れていることになります。

私の場合は中国の学校で学ばなかったことを日本で初めてするのがちょっとキツかったです。(書道、音楽の合唱や演奏、美術で彫刻刀を使うことなど)大体、7月の一学期が終わる頃に体験入学に行っていたので、周りはもうみんな慣れていることに初めて挑戦するという形になります。

今考えれば初めてすることなので、できないことは当たり前ですが、当時の自分にとっては、「あれもできない、これもできない」日々が続くのは少し辛かったです。

周りの同じ年齢のみんなは当たり前のように出来ていることが自分はなんで出来ないんだろう?と考えると落ち込んだりしていました。

2. 友達作り

今考えるとこれも当たり前って言えば当たり前なのですが、行く期間が短いので、友達作りは少し難しいです。

友達作りの難しさは、回数を重ねることと、年齢を重ねるごとに難しくなっていきます。

高学年の方がきつい理由は3つあります

  1. 仲良しグループが出来上がってる:  低学年では、みんな一緒に仲良く遊んでいたのが、高学年になると男女別れて、小さなグループがたくさん出来ていました。その中に入るのが結構難しかったです。
  2. 放課後に忙しくなる: 早い子は小学校3年生から塾が始まって、放課後に一気に忙しくなることが多いので、放課後に一緒に遊ぶことが出来なくなります。
  3. 委員会やクラブ活動が始まる:高学年になると、委員会やクラブ活動が始まるので、休み時間や放課後にみんな忙しくなると、遊べる相手がいなくなる。

3. 拒否される経験

小学生は、正直なので、はっきりとものを言う子は本当にはっきり言います。

「一緒に遊ぼう」「やだ」、「一緒に帰ろう」「だめ、〇〇と帰るから」

などと、急に拒絶されてびっくりする経験がありました。

幸い、私は一人でも大丈夫な子供だったので、拒否されたら、他にやれることを探したり、他に帰れる友達を探したりしました。

今思うと、子供って残酷ですね笑

結論: 行ってよかった

楽しいことも、大変なこともたくさんあったけど、結局は行ってよかったなと思っています。

日本の学校に一緒に通っていた友人とは大学生になった今でもfacebook やinstagram で繋がっていたりして、たまに連絡を取り合ったりしています。

去年の冬には体験入学で知り合った日本の友達と7年ぶりに会って、当時のことを振り返ったりしてすごく楽しかったです。

少しの期間でも、日本の学校に通えたのは、日本を理解するという面でもすごくよかったと思います。

日本の学校に短い期間でも行くことによって、日本をよく知らないというコンプレックスから少し解放されたと思います。

日本で育った日本人と同じような経験をしたというのは、私にとって大きな自信になりました。

日本の学校の様子をアニメや漫画などで「知っている」だけでなく、実際に「経験」するのは本当に素晴らしいことだし、特別なことだと思いました。

もし、迷っている方がいたら、絶対に行くことをオススメします。


日本の学校で私が戸惑ったことについての記事はこちらから読めます。

https://atomic-temporary-172016012.wpcomstaging.com/2020/07/12/7things-that-surprised-me/

ハーフが商品名にちょっと弱い話。

シーチキンってなに?

この前、母にシーチキンの買い物を頼まれた。

何も深く考えず、スーパーに行った。そして、ハッと気づいた。

私はシーチキンがなんなのか知らなかったのだ。

日本のスーパーでは見たことがある、家でもその缶は見たことがあるから、それが缶に入っているものだとは知っている、パッケージの水色のシーチキンの文字も覚えている…

でも、中身がなんなのかわからなかった。私の頭の中にあるイメージのものを買えばいいやと思い、二つ返事で買うことを決めたが…

ここは台湾だ、商品には中国語表記がされている。商品名を知っていたところで、ものは買えない。

だったら、シーチキンがなんなのかを当ててみて買うしかない。

シーチキンって名前だから、缶に入ったチキンかなと思い、鶏肉を探してみた。 ない。

缶詰で売っているものは、魚や蟹やフルーツなどがあったが、残念ながら、シーチキンの「シー」が英語のseaに変換されることはなかった。(気づいたところで、シーチキン=海のプロテイン=ツナという答えを導き出せたかと言われるとそれもちょっと微妙だが…)

私は最後のヒントを元に、買い物をすることに決めた。

そう、私は家を出る前に母に「サラダに入れるためのシーチキン買ってきて」と頼まれていたのだ。

サラダに入れるためなら、ツナでもいいだろう。シーチキンはまた今度買いに来よう。完全に代用品を買った気持ちでいた。

家に帰り「シーチキンなかったからツナ買ってきたよ」というと爆笑されたというのがこの話のオチだ。

最後に

これは、ただただ、私が商品名に弱いという話だ。

もしかしたら、ハーフや帰国子女あるあるなのかもしれないと思い、その時の心のうちを書いてみた。

日本語ペラペラに喋れても、日常で使うものを知らなかったりする。

ものを知っていても、商品名は地域差もあったりするから意外と知らなかったりする。

もし、シーチキンを知らないっていう人がいてもバカにしないで欲しい。「ツナ」って言えば絶対に知ってるから!!

スイスで留学中の私が台湾で隔離されるまで

コロナウィルスのため、スイスの大学で授業ができなくなった。生徒はみんな家に帰るように命じられ、留学生は自分の国に帰っても良いと言われた。そして、私は急遽台湾に帰ることになり、自宅隔離をすることになった。

スイスを離れる

3/12木曜日の時点では、スイスの感染者数が800人を超えていた。

アメリカの大学や、私の州にある他の2つの大学やは学校での授業が停止した。私の学校も、おそらくもうすぐそうなるだろうとみんな予想していた。

3/13の金曜日の午後、スイス政府が全ての学校の授業停止を発表した。その後まもなく、学校からも学校が休みになるというメールが届いた。

そのことを親に伝えた2時間後に父から、台湾に帰ることを言われた。それと一緒に次の日の午後2時の飛行機のチケットも送られてきた。

え??明日?

「今は緊急事態だ。」

でも急すぎない?明後日じゃダメ?

私はまだそこまでの危機感を持っていなかったから、急に帰ることを言われてすごく戸惑った。

「帰れるときに帰った方がいい。」

そう言われて、やっとスイスの状況を少しだけ飲み込めた。

そっか… 帰らないといけないのか…

たくさん食べ物をストックして、買い物に行く頻度を減らせば、スイスで乗り越えられると思っていた。でも、急に台湾に帰るなんて… しかも明日…。

私は、数日前から徐々に買い込んでいた大量の食べ物をどうするか考えながら、しぶしぶとパッキングを始めた。

飛行機が飛び立つで21時間もなかったから、パッキングは大変だった。特に困ったのは、数日に渡って買い込んでいた食料をどうするかだった。

賞味期限や消費期限が5月の食料大量な食材を見ながら、どうするか悩んでいた。

今学期はまだ始まって1ヶ月しかたっていない、そして、学校が5月より前に始まることは絶対にない、だからと言って5月に始まるという保証もない。

今学期学校に戻ってこれるかもわからない。この先どうなるか、全く予想ができなかった。

でも、戻ってこれない可能性もあったため、結局自分の持ち物を段ボール3つに詰めてから台湾に戻ることにした。

いざ、飛行機に乗る

私がアジアに戻りたくなかった理由の1つに、飛行機に乗りたくなかったというのがあった。

ヨーロッパからアジアだと、10時間以上飛行機に乗らなくてはいけない。しかも、乗り継ぎもあるから二回は乗らないといけない。

飛行機は、長時間密閉空間に大人数で乗るため、感染率は電車やバスの100倍あると聞いていた。当時はそのリスクを取りたくなかった。

台湾に帰る飛行機で、感染しちゃったら、なんのために帰るのかわからなくなってしまうからだ。

でも今は状況が変わった。

学校は休みになるし、スイスも鎖国すると言う噂が流れている。もし、スイスが本当に鎖国したら、アジアに戻れなくなる。飛行機も飛ばなくなるかもしれない、スイスでいつ混乱が起こるかもわからない。

家族が上海に住んでいて、中国のいろんな都市が次々と封鎖されて行くのを見ていた私は、スイスも同じようになるかもしれないと考えた。

アジアに戻るために、そのリスクを取らないといけない。でももちろん、飛行機に乗るときにできることはしたい。だから、台湾人の友達に言われていた3つのことを気をつけようと思った:

  1. ウェットティッシュか消毒液で常に手を消毒する
  2. マスクを絶対に外さない
  3. 飛行機ではものを食べない

この3つさえ守れば、リスクは少しは減るはず。

ドバイから台湾へ

スイスの空港と違い、トランスファーしたドバイの空港でマスクをしている人は格段に多かった。

ドバイから台湾行きの飛行機では、マスクをしている人たちがさらに多かった。多分、8割くらいの人はマスクをしていたと思う。

飛行機では、台湾人の意識の高さが目立っていた

飛行機に乗ってすぐに、消毒液やウエットティッシュを取り出して、自分の手、スクリーンやイスの手すりなどを消毒していた人たちが、たくさんいた。

一瞬、飛行機が消毒液の匂いでいっぱいになった瞬間があった。

なんだか不思議な経験だった。

台湾に到着

私がスイスを離れることを決めた金曜日の時点では、ヨーロッパから戻っても、自宅隔離はしなくてもよかった

でも、日曜日からは、ヨーロッパから帰ってきたら、自宅隔離をしないといけなくなっていた。だから私は、自宅隔離のための紙を飛行機で渡された。

台湾の自宅隔離のステップは大きく分けると4つだった。

  1. 自宅隔離の書類に電話番号や住所を記入する。台湾の携帯がある場合は携帯でできる(携帯のSIMを追跡するらしい)
  2. 空港で電話してチェック
  3. 一日二回、健康チェックの電話がかかってくる。
  4. 家に食べ物やマスクを届けてくれる。私は、インスタントヌードルをもらいました。

隔離中に家を出たら、最高100万元の罰金が課せられる。

実際の隔離生活

私は家族が高齢の祖父母と住んでいたため、いとこの家に泊めてもらった。そのいとこも、私が戻る2日前に海外から台湾に戻ってきたばかりだったから、一緒に隔離生活を送れて、ラッキーだった。

家に14日間もずっといるため、時間がたっぷりあることになる。だからこそ、ダラダラ過ごすのではなく、ちゃんと1日1日何をするか決めておくのが重要だと思った。

毎日できるだけ、前日に計画をしておいたことをするようにしたら、だいぶ気持ちは楽になった。

学生たちはどうしてる?

学校が全ての生徒に家に帰ることを求めたため、私の友達も少数のスイスに残った人を除いてみんな自分の国に戻った

私は、いとこの家に泊まらせてもらったけど、祖父母と一緒に住んでいる友達は、完全に自分の部屋で隔離をしていた。

この前ビデオチャットをしたら、みんな元気そうだった。大変なのは、アジアの国だとスイスと6時間の時差があるため、大学のオンライン教育を受ける際、午後5時の授業などは夜11時に始まることだと言っていた。

最後に

今回、こんなことになるなんて誰も予想していなかった。学校に行って1ヶ月で自分の国に帰るように言い渡されるなんて思っていなかった。

でも、アジアに戻ってきた今は、できるだけ家でできることをして、この時間を有意義なものにしたいと思う。

今、世界中で大変な思いをしてる人も多いと思うけど、早く収束してくれることを願うばかりだ。

2019年の私への手紙

拝啓

この手紙、

読んでいるあなたは

どこで何をしているのだろう。

ウソです。全部知ってます。

こんにちは、2020年3月のあなたです。

台湾で隔離生活を送っている私が、今からあなたに未来の話をちょっとします。ビックリすることが多いと思うけど、ビックリしながらで良いから読んでください。

2020年は、災難が少し多い年です。

  1. 年越し直前に盲腸で入院したが、その後合計三回入院する(私が)
  2. オーストラリアで前代未聞の大きさの火災が起こる
  3. コロナウィルスという肺炎が世界中で起こる

コロナウィルスののせいで、世の中がすごいことになります。

  • 大幅に飛行機がキャンセルされる
  • 大都市で移動制限がつく
  • 公共の場に五人以上の集会の禁止令が出る
  • レストランやバーが閉鎖される
  • 学校の授業が全てオンラインになる

これは、世界中の国々で今起こっていることです。

アメリカやヨーロッパの国々の学校は休みになり、留学生は自分の国へ帰らされます。日本では、入学式がキャンセルされ、いまでは、オリンピックも開催されるのかわかりません。

株価は大幅に下落し、あのバフェットでさえも、人生で初めての経験だと言っています。

日に日に、いろんな国の政策がどんどん厳しくなっていく。

なんだか大変なことになってきたなと実感しています。

信じてないでしょ。多分誰も信じてくれないよね、こんな話。

まだ3月だけど、ちょっと2020年を整理します。

2020年

19年の12月に武漢で発生したコロナウィルスのため、1月に上海では、体育館が閉まった。その時私はスイスで入院中で、ナースの人たちにコロナウィルスの話をしたらウィルスの名前を知らなかった。

2月には、日本でマスクが買えなくなっていた。アマゾンでありえない値段のマスクが売っていた。

3月に入って、ヨーロッパで大爆発が起きた。私は、スイスの学校が休みになるという発表が出た次の日の飛行機で台湾に戻ってきた。

スイスのいま

いま、スイスは感染者数が8800人を超えています。(3月23日現在)

人口の割合でみると、世界でイタリアに続いて二番目に感染者数が多い国です。行動制限もあり、公共の場における五人以上の集合が禁止され、食料品店と薬局を除く全店舗閉店し、全てのイベントが禁止されました。

いつまでこの状態が続くかわかりません。ちょっと前には、スイスは一番安全な国だと思っていたけど、そうではなかったようです。

ヨーロッパは感染する病気が流行ったら、ものすごく脆い。毎日すごい数の人々が行き来するから、その往来を止めない限り、感染者は増えていく一方です。

その証拠にスイスは感染者がものすごい早さで増えています。10日前には652人だったのがいまは8000人越えになっています。なんだか、私も実感が湧きません。

私は今どこで何してる?

私は今、台湾で隔離生活を送っています。

ドバイ経由最後の便で、スイスから台湾に帰ってきました。

理由は、学校が封鎖されたため、全てがオンライン授業になるからです。留学生はみんな自分の国に帰るように言われました。

私は、スイスの政府がこのことを発表した次の日に、台湾に帰りました。急に帰国が決まったので、パッキングがものすごく大変でした。

今学期スイスに戻れるのかもわかりません。

往復の切符を買ったので、状況がよくなったら、スイスに戻るつもりでしたが、帰りのチケットがキャンセルになりました。

スイスやヨーロッパの国から台湾に入国すると、14日間隔離されることになっていたので、私は今台北のいとこの家に泊まっています。

いま、思うこと

たった2週間でこんなにも世界は変わるんだって、実感させられた。

いろんなところで、「これからの世界はどんどん変わっていくから」とか、「変化が多い時代に…」って書いている話を読んだりしたけど、今まで全然ピンとこなかった。

でもいまは考え方が変わった。「あたりまえ」ってこんなにも一瞬でなくなるってことを知った。

万が一の状態って本当に起こるし、一瞬の判断が大事だということも知った。

隔離中の二週間を使って、今までできなかったことに挑戦をしてみたい。

気づいたらもう7日立っていたが、大丈夫!

残りまだ7日「も」あるじゃないか!頑張れ、わたし!

スイスでのコンビニのない生活

日曜日はお休みの日

私が今住んでいるスイスは、日曜日には、お店が開いていない。

24時間のコンビニやスーパーがいろんなところにある日本では信じられないかもしれないが、スイスではあり得るのだ。スーパー、デパート、レストラン、郵便局など、たくさんのサービスが閉まっている

日曜日や休日にお店を開けてはいけないという法律があるからだ。

最初は「コンビニないとか深夜の2時に単三電池欲しくなったらどうするの?」など思っていたが、住んでいくにつれて、考え方が変わってきた。

今では、日曜日や祝日にお店が開いていなくても問題はあまりないと思っている。

なぜ、日曜日にお店の営業を制限するのか?

理由は主に3つある。

  1. 宗教上の理由
  2. 長時間労働の防止
  3. 小さな小売店の保護

デパートや大規模なスーパーの営業時間を規制して、小売店を保護するということをしているが、近年、その規則はグローバル化や観光客の増加につれて、緩くなってきているらしい。

例えば、鉄道駅の中にあるお店などは休日営業もして良いようになったりしてる。それでも、日本と比べるとだいぶ日曜日は不便だ。

【疑問】 週末にお店閉めてて本当に大丈夫なの?

スイスに来たばかりの頃は、よく日曜日が休みということを忘れていた

週末は、土曜日にだらだら過ごして、日曜日に買い出し行ったら、スーパーの目の前で「あちゃー休みだった!」ということを何度もやらかした。

土曜日をよく無駄にしてしまう私にとって、日曜日はその一週間を無駄にしないために色々なことを挽回するためのラストチャンスだった。(そういう人沢山いるんじゃない?)

なのに、その重要な日曜日にお店をおやすみにするとは… なんてことをしているんだろう、スイスは!

スイス人はどう過ごしてる?

スイス人のホストマザーに、「お店が日曜日にお休み問題」について聞いたことがある。

すると、彼女の週末の過ごし方を教えてくれた。

「土曜日」

朝のバザーに行って、週末のための食材を買ってくる。そして午後に運動したり、趣味のダンスなどをして時間を費やす。

「日曜日」

朝に手作りパンを焼き、昼は軽めに食べて、午後は洗濯、掃除やアイロンをしたりする。

夕食は普段外で一人暮らしをしているお兄さんも呼び戻して、毎週家族みんなで一緒に食べる。もちろん、彼氏や彼女がいたら連れて来ておっけい。

「日曜日は、新しく始まる一週間の前に、自分でやることを全て終わらせてから夜は家族と楽しい時間を過ごすための日」

–ホストマザー

スイス人は買い物に関して、「日曜に買えないなら、土曜に買えばいいじゃない」というスタンスなのだ。

【気づき】日曜お休みでも問題なし

スイスに順応するため、私は自分自身が変わることを決意した。

なるべく、買い物は土曜日に済ませて、日曜日は新しく始まる一週間のための準備の日とする。家を掃除したり、洗濯したり、好きな料理などをして、自分が気持ち良く過ごす。

たまに、友達の家でワイワイしながらディナーを一緒に食べたりもする。

そうすると、日曜日がすっごく楽しくなった

わかったことは、私は24時間開いているコンビニに甘えていただけだということ。コンビニがなくても、その生活に慣れたら別にそれはそんなに問題にはならなかった。

昔はコンビニなんてなかったけど、だからってみんなすごく困っていたわけでもないしね。

日本のコンビニについて今思うこと

スイスのコンビニのない生活に慣れてきた私は、日本のコンビニの時間短縮に大賛成だ。

24時間開いている必要はないと思っている。例え2時間だけの短縮 5時から翌朝の3時まで営業などでも、コンビニの店員の負担は減ると思う。

お店を閉めた2時間で在庫を確認したり、商品を発注したりなど、接客以外のことに集中できると効率も高くなると思う。

それに、真夜中のコンビニの売り上げは、そんなに高くないらしい。しかも、場所によっては夜にはすごく治安が悪くなったりして、店員にとってはすごいストレスになっているそう。

売れないなら、その時間にお店を閉じたりしてもそんなに問題はないと思う。

しかも、人件費も削減できるから、一石二鳥じゃないか。

もちろん、スイスと日本は環境が全く別だということはわかっている。スイスはただ「昔から何も変えなかっただけ」だ、日本が今から、みんなが慣れている24時間営業を減らしていくのは、それなりに難しいと思う。

それでも、人口老化や少子化がすごく大きな社会問題になっている今、24時間空いているコンビニというのは、メリット以上にデメリットをもたらしていると思う。

スイスに住んでから、「コンビニなくても生きていけるじゃん」ということを知った。

日本も、今からはお客さんファーストじゃなくて、店員の生活も良くしていけるように変わっていって欲しい。

【ローザンヌ】留学生がオススメするスイスの観光地

ローザンヌがおすすめな理由

ローザンヌはとにかく魅力的だ。伝統現代がすごく良いバランスでミックスされていて、アート絶景を両方満喫できる。旅行者が少なく、現地の人たちはみんな穏やかで常にニコニコしていて、話しかけるとすごくフレンドリーに接してくれる。英語も流暢に話せる人が多く、フランス語が話せなくてもそんなに困らない。

いるだけで穏やかになれる、そんな雰囲気な街を私はオススメしたい。

旅行者が少ない街&穏やかな人々

ローザンヌでは、旅行者が少ないせいか、人々がすごくのんびりしている。生活リズムもわりと遅めで、大都市ではあまりみない人の余裕を感じることができる。

ここは本当に居心地が良い。私はまだ学生で働いてもいないが、もうすでにリタイヤしたくなっている(コラ)

お店に買い物に行っても、電車に乗っても、みんなすごく優しくて困っていると助けてくれる。

例えば、一人で大きい荷物を持って、電車に乗ろうとすると、必ずといっていいほど誰かが手伝ってくれる。

観光スポットもたくさんある。

ウッシーでは壮大なレマン湖が見れて、街の中心では美しい大聖堂美術館がある、そして、電車を少し乗ると、世界遺産ラヴォーの葡萄畑を見ることもできる。

オリンピックミュージアムの前のチューリップ

旅行者が少ない分、静かで、現地の人たちの生活を感じることができる。個人的には、もっと人が来てもおかしくないと思っている。

アートを満喫できる

mudac 美術館

ローザンヌは文化や芸術の街としてよく知られている。有名なものだと、オリンピックミュージアムや、ローザンヌ国際バレエコンクールがあったりする。

それ以外にも、Platform 10やMUDACといった美術館もある。スイスの美術館は人口あたりの美術館の数が世界トップクラスだ。私の美術を学んでいる友人がローザンヌにきたときにも、アートがすごく身近に感じると驚いていた。

すごく伝統重んじる国なので、街を歩いていると、新しいものも古い街並みにうまく溶け込むように設計されている。古いものと新しいもののバランスがとにかく良い。

街の外観にもすごい気を使っていて、街を歩いていてもガチャガチャした広告をあまり見かけない。

スイス人はシンプルなデザインのものを好むので、街中を歩いているととにかく全てがスッキリしていて、気持ちが良い。

フランス語地域のため、建物はどちらかというと、フランス寄りでちょっと可愛い。ドイツ語地域に行くと、もっとドイツカラーの建物が見られるため、比べて見るのも楽しいかもしれない。

家がカラフルでかわいい

絶景も観れる

Ouchyから見たレマン湖、向かい側に見えるのが水で有名なフランスのEvian

晴れの日にウッシーで見るレマン湖はいつ見ても惚れ惚れする。

ローザンヌ駅から自動運転の地下鉄に何駅か乗ると、Ouchy駅につく。そこで綺麗なレマン湖が見れる。天気が良かったら、レマン湖の周りを散歩することもオススメしたい、ビックリするほど気持ちが良いから。

Lauvauxの世界遺産の葡萄畑

そして、隣の州Montreuxにいく途中に世界遺産の葡萄畑がある。そこでクォリティー高いLavaux 産のワインを嗜むのも贅沢だ。

シヨン城

Montreuxでは、シヨン城が見れる。ゴールデンパスという、スイスの有名な列車も乗れる。

オススメの滞在する日にち

そんなに大きな街ではないので、半日から多くて3日で十分だと思う。ローザンヌから電車で20分のところにMontreuxがあるので、そこも観光をして見ると楽しいと思う。

オススメのホテル

Hotel des Voyager

画像:Booking.comからの引用

ローザンヌ市内のど真ん中にあるおしゃれなホテルで、他のホテルと比べて、比較的安値です。埋まっていることが多いので、早めに予約することをオススメします。

公式webサイト

Booking.com のページ

ローザンヌ以外

  • Lavaux で世界遺産の葡萄畑を見る
  • Montreaux で山に登る
  • Evian にボートを乗って行く
  • Gruyere でチーズを食べる

最後に:一度、来て欲しい

もし、スイス旅行で、行く街を迷っているのなら、ローザンヌをオススメしたい。というか、是非一度、きて欲しい。可愛い街並み穏やかで優しい人々様々なミュージアム、そして絶景

きっと、あなたも来たら好きになると思う。

“So, what language do you prefer the most?” The question that scares multilingual

The Environment I grew up

I am half Japanese half Taiwanese, and I grew up in Shanghai, China for 18 years, which is almost all of my life. I went to Chinese local Kindergarten and primary school until 3rd grade, and I have transferred to international school from 4th grade.

At home, I always spoke Japanese with my mother and Chinese with my father. With my brother, we spoke both languages depending on which one we felt more comfortable with. In school, everything was taught in English, but I was talking to my friends only in Chinese or Japanese.

Therefore, I can say I “grew up” with all of those languages.

What language do you prefer the most?

Now, let me tell you why the question “So, what language do you prefer the most” scares me so much.

The opportunity Cost

Everything has its opportunity cost, whether its having a fancy dinner, watching Netflix at home, or playing video games overnight. Learning a new language has its trade-offs too.

When I speak Japanese at home, my trade-offs are NOT speaking Chinese or English with my family members. Sounds stupid, but its very important for us to know that we are using different languages and vocabulary with different people.

There are certain vocabulary that you can only learn at home. (Or by memorizing a dictionary but I wouldn’t do that). A good example would be the name of some vegetables. I did not know how to say “green pepper” until I started cooking in university.

In Japanese, green pepper is called “ピーマン”, which is pronounced as Peeman (No, it does not sound weird).

Other words that I did not know is the name of the machines used at home. For example, laundry machine, vacuum cleaner, or dishwasher.

I probably learned all of these words when I started learning English in Primary school with cute pictures decorating the pages, but I forgot everything after taking the quiz a week later.

We learn vocabulary through using the words repeatedly. By using Japanese with my mother, I think I have lost my opportunity of learning those words in English or Chinese (but I learned Japanese, so it isn’t good or bad, just about the opportunity that I lost).

So, what language am I comfortable at?

This happens in every aspect of my life. Now I gave the examples of machines at home, but I am at a different level of every language depending on the context of the conversation.

If I talk about entertainments, like books, TV shows or movies, I am better at Japanese because I love to read and watch those things in Japanese, so I have more things to talk about.

When I give presentation, (well, this might be surprising, but) I am more comfortable at doing it in English, simply because I have done it many times in school.

When I fight with my brother, I am better when I am speaking in Chinese, because I feel like I can speak that fastest amongst the three languages especially when I am angry.

Therefore, I cannot simply tell you which language I am good at, because it really really depends on the context that we talk about. 

Netflixでトトロを10年ぶりに見た【映画感想】

やるべきことが全て終わったわけじゃない。でも、気づいたらパソコンの前に座って、YouTube か Netflixのページを見ていることが多い。

今回もそうだった、やることだらけなのにNetflixのホームに「となりのトトロ」が出ているのを見て、私は、15年ぶりくらいに「まっくーろくーろすけでておいでー!!」のシーンしか覚えていない「トトロ」を見始めてしまった…。

ストーリー

見たことある人が多いと思うので、ここはあえて、一文でストーリーをザックリ説明しよう。

田舎の大きな家にお父さんと一緒に引っ越して来たメイとサツキが、トトロと一緒に山の中で大冒険をするお話だ。

今回観ようと思ったきっかけは、ちょっと前に中国でも「トトロ」が上映されたからである。

となりのトトロ予告編

中国でも「トトロ」は人気?

「となりのトトロ」は2018年に、日本上映30周年を記念して、中国で最初に上映されるジブリ映画として、6000以上の映画館で上映された。当時まだ中国にいた私にとって、非常に嬉しい出来事だった。

中国では動画配信サービスが発達しているため、ジブリの認知度は非常に高い。

私が日本人だと分かると、「私はジブリ映画の〇〇が好きだよ!」と、わざわざ教えてくれる人もいるくらいだ。

「トトロ」が最初に日本で上映されたのは、1988年の4月だ。もう上映から30年も経っている。30年経っても、みんなが映画館に観に行きたいと思う長編アニメ映画って一体どれほどあるのだろうか。しかも、日本以外の別の国で。

今回の上映は本当にすごいと思う。

「トトロ」は映画館で観たい映画であるということ

映画館のチケットは、一つの映画を一回だけ、決まった場所、決まった時間にしか観れないものである。途中停止も、早送りもできない。周りに知らない人も沢山座っている。ネットでレンタルした方が絶対に「おトク」だ。それなのに、「わざわざ」映画館で上映するということ。

これは、携帯で数多くの映画が、好きな時に、好きなだけ見れるサービスがあるこの時代で、「トトロ」は時間とお金をかけて観る価値のある映画だと、認識されているということだ。

ネット上の反応

そして、ネット上の反応を見ると、多くの中国人はこの上映をすごく喜んでいた。

ネットの記事などをみても、「迟来了30年的宫崎骏经典」(30年遅れてやって来た宮崎駿の傑作)、「童年回忆」(子供時代の思い出)、「这张迟了三十年的电影票,终于可以还上了…」(やっと返すことができる、30年遅れて来た映画のチケット代)などと書いていたのが多かった。

今回の上映では、若い時にトトロをみて衝撃を受けた親世代が、自分たちの子供を、映画館に連れて行っていた人たちも多くみられた。

ちなみに、当時の映画のポスターは日本でもちょっとした話題になっていた。

こういった話題になっていたところからも、「トトロ」が中国人にとっても、すごく心に残る作品だったということがわかるだろう。

さて、「となりのトトロ」を見た私の感想を語っていきたい。

良かったところ

子供の描写が上手い

なんで、大人があんなに上手に子供を描けるんだろう。

年を重ねるに連れて、得られるものも、もちろんすごく増えていくが、子供の時の気持ちを忘れてしまうのが、普通だと思う。

例えば、昔は友達と遊んだりしたときに、夜、親が迎えにきたら、帰ることが嫌すぎて、駄々をこねたり、泣いたりすることもあった。

でも今は、時間になれば友達とさようならをちゃんと言えるし、別れても泣きたい気持ちになることはあんまりない。

私は今、子供の時の泣いちゃうほど帰りたくない気持ちが思い出せない。だから、大人になっても子供目線で映画を作れる宮崎監督はすごいと思う。

みんないい人

「トトロ」には悪い人が一人も出てこない。ずっと、のほほ〜〜〜んという感じで気楽に観れる映画がたまに観たくなる。観ててほんわかするし、観終わった後もなんだか心が暖かくなる感じが私はすごく好きだ。

メイとサツキの距離

映画の前半で、メイがサツキのことをずっと後ろから追いかけていた。その距離が3歳くらい年の差のある姉妹の距離だなと思った。兄弟がいる人はわかると思うが、子供の時、下の兄弟は、足が短いから、ちょっと歩くと毎回距離ができる。トトロではその距離をちゃんと描いていると思って、ちょっと感動してしまった。

久石譲の音楽

久石譲の音楽はもう… 最高ですね。

好きなシーン

お母さんが家に帰ってこれないことを知って、メイが「イヤだ!」っていうところ。どうしようもないことに、「イヤ」と言うのが子供らしかった。

見終わった感想

幼稚園の時に「トトロ」を初めて観た時よりも今回の方が、楽しめたような気がした。一緒に観ていた母も、「2回目がこんなに楽しめるとは!」と感動していた。

多分、1回目はストーリーを追いかけすぎちゃったからだと思う。トトロが面白いのは、細かいシーンの描写だったり、自然の景色だったり、二人の子供の行動だったりだ。

だから私は、トトロは2回目以降の方が面白いと思っている。

今回も、「トトロって子供だけが見えるのかな?」とか、「トトロって森の神様なのかな?」とか想像したりするのがすごく楽しかった。

もし、これを読んで「久しぶりにトトロ観てみたいな」とちょっとでも思った方がいたら。是非、観てほしい。

きっと、暖かい気持ちになれるから。